江戸時代のお代官様の役所・明治時代はじめの県庁

「信州飯島陣屋」

ようこそ!飯島町歴史民俗資料館・飯島陣屋のホームページへ

このホームページでは、歴史民俗資料館「飯島陣屋」や、飯島町の歴史などを紹介しています。

 

◆来場のご案内

飯島町歴史民俗資料館「飯島陣屋」

〒399-3702 長野県上伊那郡飯島町飯島2309番地1

TEL:0265-86-4212

開館時間

午前9時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)

休館日

毎週月曜日
祝日の翌日(土日にあたるときは開館)
12月15日〜3月14日まで
(※休館日は、3日までの電話予約で開館します。)

入館料

一      般 300円(20名以上の団体は250円/1人)
小中学生・高校生 150円(20名以上の団体は100円/1人)

かまどでご飯を炊いて食べよう!

電気やガスがなかった時代の調理体験ができます(あらかじめ予約が必要です)

詳しくはこちらをご覧ください

◆飯島町陣嶺館

飯島町歴史民俗資料館には、飯島陣屋のほかに考古資料・民俗資料などを展示している「飯島町陣嶺館」があります。飯島町陣嶺館は不定期で開館していますので見学ご希望の方は事前予約をお願いします。お気軽にお電話ください。

 

予約先:飯島町教育委員会 電話0265-86-3111

飯島陣屋とは

飯島陣屋 見取図

 

飯島陣屋は、主に伊那谷の天領(江戸幕府の領地)を治めた代官の役所です。江戸時代が終わると、明治政府によって「伊那県」が創設され、その県庁にもなりました。明治時代に取り壊された建物を、発掘調査や古文書に基づいて現地で再現し、公開しています。楽しみながら、くつろぎながら、地域の歴史文化を学ぶことができます。代官気分で、ぜひ、ご来場ください。

 

◆復元された飯島陣屋の様子

代官気分を満喫できます。

展示物は手にとってご覧いただけます。

雰囲気満点のいろりでゆっくり

 

◆展示品のごく一部、「伊那県」時代の資料

この他にも展示物等たくさんありますので、ぜひ実際にご来館ください。

アラカルトトーク 村人にとっての陣屋、そして役人

陣屋の機能を今の役所になぞらえてみると、幕府の財源となる年貢を取り立てる「税務署」のほか、村人の平穏な暮らしを保つべき「市役所・町村役場」「警察署」「裁判所」など…

ただ、今の役所と違うのは、「ははぁ〜」とひれ伏す、あの感覚ではないだろうか。現代にも名残がないとは言えないが、江戸時代人の「お上」の意識は、我々の比ではないだろう。現代人の感覚ではなんとなくわかりにくい「村人を支配する幕府代官の役所」。

村人たちはこの陣屋に対してどんなイメージを持ち、どんなふうに役人と接していたのだろう。

 

◆酔っ払って陣屋へ乱入

文政11(1828)年正月、飯島陣屋のお膝元の石曽根村で、こんな騒ぎが起こった。

 

年始の挨拶のため町方に出てきた庄三郎。あちこちで酒を飲んで前後をなくし、なんとお陣屋へ入り込んで不埒なことを申し上げてしまった。お陣屋では、「酒狂のこと」と、格別のお叱りはなかったとはいえ、村としてはそのままで放っておけない。

これまで村内でも酒を過ごした者は多いが、よりによって陣屋へ乱入するなど前代未聞。村役人は、「そもそも庄三郎は日ごろから心がけが悪く、物事横着でお上を大切に考えていないからだ」と、きつく叱り、組合総代も連判した詫び状を出させた。

 

陣屋ではお咎めなしとのことで、役人も堅物ばかりではなかったらしい。ただ、村人にとって、陣屋という場所は気安く入れる場所ではなかった。

 

◆隠匿、虚偽報告

天保5(1834)年3月、七久保で行き倒れがあった。村役人たちが調べたところ、その者は松前藩の浪人で、今は占い師の姿になり、金毘羅参詣の途中だったらしい。

いろいろの書物を持っているが、それを陣屋から来る検使役人に申し立てるのは面倒だ。そこで、書類のことは残らず隠しておき、陣屋へ検使をお願いした。さっそく手代の木村様が出役になり、首尾よく検使がすんだ。宿では酒を出し、後日陣屋へ謝金を届けた。

 

こうして、村側は面倒なことは隠したまま一件を片付けた。事実を隠して報告するという手は、村ではしばしば使っている。

 

文化5(1808)年10月、飯島町と石曽根村の村役人たちは、庄福寺での賭博の現場に踏み込んだ。飯島町の1人をその場で差し押さえ、他の者は取り逃がしたが、その者に白状させ、逃げた3人が中沢村と上穂村(ともに現、駒ヶ根市)の者とわかった。それ以外に石曽根村・飯島町の6人の立会人、4人の見物人がいた。

飯島町・石曽根村では、彼らから過料を取って内々に済ませることにし、陣屋へはなんと事実とはまるでちがう、次のような報告をおこなった。「山久林で明かりが見えたので村役人たちが行ってみたところ、4〜5人が灯火を消し、金子や脇差を捨て置き逃げ去った。顔かたちはわからなかった。」その後、陣屋から「覚えのある者は申し出よ」と高札が立てられ、村々に廻状が回ったが、村では黙秘を貫いた。

翌文化6年1月、陣屋から、博奕場に残されていた脇差や衣類を払い下げるとの触れが出た。しかし入札希望者はなく、飯島町で銀40匁3分を出して引き取った。博奕に使われた賽16個と小間板556枚は「打ち砕き」が命じられた。博奕場に置き去りにされていた金12両3分2朱は、陣屋が没収した。

 

「顔かたちはわからなかった」という村役人の報告を陣屋役人が真に受けたものかは怪しい。しかし、その後の展開の中でも、陣屋のお膝元にもかかわらず村人は結束を固くし、秘密を守り通した。

 

◆役人への礼金

天保5(1834)年7月、七久保をうるおす横沢用水路の御普請所(工事に際し、領主が扶持米などを出すと指定されている場所)が大破した。

修復のため陣屋に「御普請願い」をすれば、代官をはじめ手代や下役らへの謝礼が10両余りかかる。修復は5両ほどでできそうなので、御普請所ではあるが村の経費でやることにした。

 

この例と同様に、陣屋にお願いした場合にかかる礼金の額と、お願いしない場合の損得をあらかじめ見定めることは、ことに不作の秋、村にとって一大問題だった。

享保年間以降、村に課せられる年貢額は、過去数年間のデータをもとに、その後数年間は一定額とされていた。だからちょっとしたことでは「お年貢をまけてくださいまし〜」とはいかなかった。しかし、天災によって田に3割以上の損害をこうむった場合、実地検分の上で減額が認められた。

 

凶作だった安政4(1857)年、飯島町・石曽根村では、陣屋へ年貢減免のための検分願いを差し出した。これを受けて陣屋役人による検分が実施された。

終了後の清算書を見ると、役人たちへの礼金に合計10両余、賄いに1両余を出費している(表)。ほかにも、検分に必要な立札や紙、むしろなどの費用がかかった。

 

安政4年、破免入用のうち謝礼・接待費(飯島町・石曽根村)

元締様

金4両

関様(手付)

金2両

山崎様(手付)

金1両2分

中田様

金2分

御用心3人

金3分

升取

金1分

中間3人

金1分2朱

関様小者

金3朱

武助様

金2分

竹松殿

金3朱

山崎様小者弥助殿

金2朱

御賄い入用

金1両1分

諸入用

金3朱

合計 金11両3分1朱

※金1両=4分 1分=4朱

 

これだけ出費しておいて、検分の結果被害が3割に至っていなければ、年貢の減額が認められず、村は大損害となる。文政8(1825)年、石曽根村ではいったん検分を申請したものの、やや気候が持ち直したために急きょその取り消しを願い出たのは、そうした事情からだ。

 

◆接待は当たり前

享保14(1729)年は、前年の不作の影響で年明けから飢人が続出した。手代の中野角右衛門は3月1日、飢人検分として赤須6ヶ村(現駒ヶ根市)を巡視したが、その日村に泊まる手代に対し、村では次の品々を購入し、酒肴を用意した。

大鯔1本 / 小鯔2本 / 鯉1本 / 豆腐2丁 / 蒟蒻3丁

酒1升5合 / 麦粉 / 干瓢2把 / 玉子8個 / 酢1合

 

食べる物がない村人の様子を調べに来た役人が、本当に酒や肴でもてなされたとすると驚きだ。

 

天明2(1782)年、代官平岡彦兵衛は、村廻りに先立ち、「宿泊先では、ところ有り合わせの野菜を使った一菜一汁のほか決して馳走がましいことをしてはならない。昼食も弁当を持参するので用意には及ばない。このように申し渡す上、なおも世話を焼くようなことがあればきつく咎め申しつける。」と触れた。

 

代官への接待は当たり前だったからこそ、わざわざこのような触れが出たのだ。

 

◆地元村人の負担

年不詳ながら、陣屋地元の飯島町・石曽根村が、陣屋の維持管理などのため、1年間に負った人的負担の書き上げがある。

 

年貢金が江戸へ送られるまでの間その番をする人足…60人

  • 年貢金は10・11・12月の3度に分けて取り立てられ、江戸へ送られた。

御陣屋掃除、雪かき、施設を修理する職人の手伝い、文書を各地へ回送するための人足…243人、馬…23頭

御役所四方の夜回り番…3,600人(一夜10人ずつ)

御役所御用物守護の馳せ付け(駆けつけ)人足…12人

御役所火消し人足…40人

 

◆役人の留任願い

安政5(1858)年8月に飯島陣屋へ赴任してきた手付の中村忠右衛門は、何かにつけて村人への嫌がらせをたくらみ、賄賂をむさぼる時代劇さながらの悪人だった。中村に散々苦しめられた村人たちは、ついには彼の退役を奉行所に願い出るに至る。一方、逆に村人から慕われた役人がいたことも事実だ。

 

文久3(1863)年、村々は丁重な文面で、新しく飯島代官に就任することになった黒川嘉兵衛に嘆願書を差し出した。「このたびお代官様が交代されるとお聞きしました。2年前から飯島詰だった手代の坂田芳助様と清水順造様は、全て適正なお取り計らいで、訴訟事を願い上げても不公平なく速やかに片付き、たとえ閉庁後でも村々から御用筋で罷り出たなら再び出勤してくださり、村々に無用の出費が生じないよう苛法を厭い、万端簡易のお取り計らいで村々一同信頼しています。新しいお代官様のもとでもどうかこのお2人の御支配をこうむりたいと存じます。」と2人の手代の留任を願った。

手代留任嘆願書(部分)

 

この嘆願の裏には、この年まで6年間で四度も代官が交代し、その時々で出費がかさんで仕方がないので、手代2人が留任すればその分の費用が浮くというもくろみもあった。ただ、2人の手代が有能でなければこんな嘆願にはならなかったはずだ。

飯島陣屋ブックレット

陣屋がよくわかるお値打ちなシリーズです。

◆『お役人—代官・手付・手代たち—改訂版』

西沢淳男 著(高崎経済大学准教授)

A5判 36ページ 300円

江戸幕府の直轄領を統治した代官、そのもとで実務を担当した手付や手代たちについて解説。飯島陣屋に限らず、幕府領直轄領一般の「お役人」について、職務内容、支配地への赴任の様子、昇進の実態など、その実像に迫る。

 

 

 

 

◆『伊那県時代—飯島陣屋から伊那県庁へ—』

髙木俊輔 著(立正大学教授)

A5判 34ページ 300円

クイズです…現在長野県と呼ばれる信濃で、最初に県庁が置かれたのはどこでしょう?…答えは、飯島町。明治元年8月、旧江戸幕府の飯島陣屋を明治新政府が「伊那県」の県庁とした。幕末の陣屋支配、伊那県の成立、中野県の分県、そして廃藩置県・府県統合によって筑摩県へ移管されるまでを描く。

 

 

 

◆『江戸幕府の天領』

好評につき品切れ

村上 直 著(法政大学名誉教授)

A5判 32ページ 300円

天領(江戸幕府直轄領)研究の第一人者である村上直氏が、全国的な観点から天領を捉える。天領の設定と存在意義、天領の開発と代官頭、関東と畿内の天領、天領の地域的分布、天領と代官支配、幕府の職掌分化と代官、代官と遠国奉行などについて解説する。

 

 

 

 

◆『信濃の天領陣屋』

飯島町歴史民俗資料館 編

A5判 42ページ 300円

江戸時代、信濃に設置された幕府代官の陣屋の数は35ヶ所にのぼる。これらは今でいう行政改革で徐々に統合されていき、江戸後期には4ヶ所の陣屋が信濃の天領支配の核となった。信濃の天領陣屋がどこに置かれ、そこを中心にどんな施策が実施されたのかを分かりやすく解説する。

 

 

 

 

◆『陣屋があった江戸時代』

飯島町歴史民俗資料館 編

A5判 36ページ 300円

江戸時代、ご先祖様はどんな暮らしをしていたんだろう…小学4年生の「飯島陣矢くん」の素朴な疑問に、お父さんが次々と答えていく。陣屋があった時代=江戸時代の、人の姿、食事、明かり、景色、家、子供など、対話形式で話が展開し、小学生から大人の方まで楽しく読める。

 

 

 

 

飯島町歴史民俗資料館・飯島陣屋の窓口でお求めになれます。

飯島町教育委員会でも取り扱っています。

 

送本をご希望の場合は、以下へご注文ください。(別途送料が必要です)

〒399-3702 長野県上伊那郡飯島町飯島2489

飯島町教育委員会 生涯学習係

TEL:0265-86-5877

FAX:0265-86-5596

飯島町誌

飯島町の成り立ちを知る基本書です。

飯島町誌上巻(自然、原始古代) 4,000円

飯島町誌中巻(中世、近世)   4,500円

飯島町誌下巻(近現代、民俗)  4,500円

  • 3巻セット価格・・・10,000円

 

飯島町教育委員会でお求めになれます。

飯島町歴史民俗資料館・飯島陣屋の窓口でも取り扱っています。

 

送本をご希望の場合は、以下へご注文ください。

送料

上巻600円、中巻800円、下巻800円

2冊の場合1,000円、3冊の場合1,200円

 

〒399-3702 長野県上伊那郡飯島町飯島2489

飯島町教育委員会 生涯学習係

TEL:0265-86-5877 FAX:0265-86-5596

お代官様からのクイズ

拙者は蓑笠之助(みの・かさのすけ)。

 

生まれも育ちも江戸でござる。

 

この度飯島代官を拝命つかまつり、この飯島へ参ったのじゃが、みなみな面白い言葉をつかっておる。そこで、江戸では使わぬ「飯島言葉」のクイズを出題申そう。

 

おのおのがた、どういう意味かおわかりかな?

 

 

 

 

 

 

 

蓑笠之助(みの・かさのすけ)

問題

答え マウスでドラッグ(反転)させると見えるでござる

とんでってくるでな

走って行ってくるからな

また、ごたやっとるんずら

またデタラメやってるんだろう

しょじょくなってくれんかなーし

しゃがんでくれないかなぁ

おやげねぇことで

気の毒なことで

おどけた

驚いた

おいでなんしょ

お越し下さい

おとーま、おびっちょだにー

お父さん、お風呂ですよー

みやましいおばーまでおありるなん

よく働くおばあさんでございますねぇ

よくしとなったもんじゃんかな

よく成長したものじゃないですか

ずくだしてくれやれ!

精をだしてやってくれよ!

さて、何問できたでござるかな?

飯島町の遺跡地図 周知の文化財埋蔵文化財包蔵地

飯島町の遺跡地図

町内には124ヶ所の遺跡が登録されています。

この分布地図は文化館内の教育委員会でお分けしています(無料)。

飯島町の遺跡一覧はこちらをご覧ください

 

◆遺跡の地中には文化財が

遺跡には、土器や石器、建物の跡など、昔の人の暮らしを知る上で貴重な情報が眠っています。もし遺跡が破壊されたなら、そこに刻まれていた歴史は永久に知ることができなくなります。

文化財保護法は、このような土に埋まった文化財を「埋蔵文化財」と呼んで、大切に保護すべき対象としています。 文化財は「国民共有の財産」と言われます。それが残っているからこそ、先人の暮らしがわかり、地域の個性を知ることができます。ただ単に文化的価値があるというだけにとどまらず、将来に継承すべき資産ともいえるのです。

 

◆遺跡で工事をおこなうときは早めにご相談を

これらの遺跡で土木工事(建設工事なども含む)などをおこなう際には、文化財保護法(第九十三条一項)により、着工の60日前までに届け出が必要です。

工事のお考えがありましたら、なるべく早く町教育委員会生涯学習係(文化館内)へご相談ください。この届け出により、長野県教育委員会が、(1)発掘調査、(2)工事立会い、(3)慎重工事などの指示を出すことになっています。

 

◆発掘調査は最終手段です

現在生きる私たちの暮らしを便利にすることと埋蔵文化財の保護は、相容れない面をもっています。過去には、圃場整備や中央自動車道の工事などで多くの遺跡が破壊されました。そのような場合、破壊される前に発掘調査をおこなうことになります。

本当は、遺跡そのものを保存するのが一番です。ですから、まず、遺跡での工事が避けられないか、また、地下の文化財に影響を与えない工事の方法はないか、検討します。それでも仕方なく破壊されてしまう場合、発掘調査を実施することになります。遺跡そのものの姿が失われる代わりに、学術調査の記録によって遺跡を残すというわけです。発掘調査は最終手段なのです。

町内での発掘調査は1970〜80年代がピークでしたが、近年も時々実施しています。出土品は、教育委員会(電話86‐5877)へご予約くだされば、飯島町陣嶺館でご覧いただけます(要入館料)。

飯島町タイムトラベルマップ

飯島町タイムトラベルマップはこちらをご覧ください

飯島町の指定文化財

◆長野県指定文化財

No.

名称

種別

伊那県庁(飯島陣屋)跡

史跡

瑤林正玖住西岸寺京城諸山疏

書跡

木造大覚禅師倚像

彫刻

西岸寺規式「臨照山記録」

書跡

南羽場のシラカシ

天然記念物

◆飯島町指定文化財

No.

名称

種別

西岸寺弁天堂

建造物

木造聖観音坐像

彫刻

木造百万小塔附陀羅尼

考古資料

臨照山大覚禅師法語

書跡

10

鐘楼

建造物

11

梵鐘

工芸品

12

山門

建造物

13

紙本墨書白隠禅師「大極嶺」条幅

書跡

14

仏祖三教会関係資料(2点)

書跡・歴史資料

15

紙本墨書白隠禅師「鐘馗像」条幅

絵画

16

紙本墨書白隠禅師「達磨像」条幅

絵画

17

木造聖徳太子童子立像

彫刻

18

本郷神社本殿

建造物

19

梅戸神社本殿

建造物

20

縄文時代石製装飾品

考古資料

21

縄文時代石棒

考古資料

22

西岸寺のカヤ

天然記念物

23

大島蓼太句碑

石造文化財

24

宮下正岑自画像及賛(勧農詞)

絵画

25

延命地蔵尊像

彫刻

26

紙本墨書白隠禅師「閑蟻争拽蜻蜒翼」「新燕来休楊柳枝」対幅

書跡

27

伝馬免許状

書跡

28

梅戸神社の幟

歴史資料

29

大宮七窪神社本殿

建造物

30

関の地蔵尊

彫刻

31

宝光山座禅岩

天然記念物

32

西岸寺参道

名勝

33

本郷神社舞台

建造物

34

御嶽山のマツ並木(通称「御嶽山の傘松」)

天然記念物

35

寺平遺跡

史跡

36

芝宮神社津島社祇園囃子

無形文化財

37

六斗名号塔

石造文化財

39

針ヶ平第一遺跡出土石器

考古資料

40

遠山八幡社のヤマフジ

天然記念物

41

源氏三枕(写本)

典籍

飯島町の大地の成り立ち

寺平 宏 編 A5横版 300円 30ページ

飯島町教育委員会または飯島陣屋でお求めいただけます。

飯島町の地形・地質について、豊富な写真と図を使ってわかりやすく解説した冊子です。

1700万年前に海だった飯島町は、500万年前に平坦な陸地となり、200万年前に南アルプス、80万年前に中央アルプスが上昇を開始して、今の景観に近づいてきました。河岸段丘の形成や、活断層についても知ることができます。

陣馬形山から見る山々の展望写真も掲載。本書を手に地形観察にお出かけください。

飯島町の中世城館跡めぐり はんどぶっく

飯島町教育委員会 編 A5横版 300円

町内の代表的な中世城館跡を豊富な図・写真を添えて解説。城主や付近の関連情報も掲載。携行に便利な体裁。ガイドマップ付き。所在地の番地からカーナビを利用して訪れることも可能。本書を手に城館跡めぐりにお出かけください。

内容見本『飯島町の中世城館跡めぐり はんどぶっく』はこちらをご覧ください

飯島町ホタルMAP

飯島町でも地域差がありますが、ホタルの出現は、平年でゲンジボタルが6月中旬から7月中旬、ヘイケボタルが6月下旬から7月下旬ごろです。

飯島町ホタルMAPはこちらをご覧ください

身近な文化財調査報告書

◆『飯島町の古木・名木・巨樹』

A4判 50ページ 2,000円

長年の風雪に耐え、先人に守り育まれてきた木々は、地域の景観に欠かせない。また、その地を離れた人にとってもふるさとのシンボルとしてかけがえのない価値をもつ。文化財指定された樹木や、町内各地区の代表的な樹木、生業を支えた名木、近年の消滅木などをカラー写真で紹介。調査樹木の地区別・樹種別の一覧表も掲載。

 

 

 

◆『飯島町役場旧庁舎(旧飯島村役場庁舎)—建設に至る歴史と60年間の思い出—』

A4判 100ページ 2,400円

昭和16年(1941)に旧飯島村役場として建設され、平成13年(2001)に惜しまれながら姿を消した旧庁舎。貴重な文化財でもあった旧庁舎について、建設されるまでの歴史をはじめ、町民から寄せられた建設当時の記憶や60年間の思い出を記録。写真・絵画・平面図・立面図などの図版のほか、史料も収載。旧庁舎を語り継ぐ一書。

 

 

 

◆『飯島町の石造文化財』

A4判 110ページ 2,000円

人の幾世代分もそこに立ってふるさとを見つめてきた馬頭観音や道祖神、庚申塔、お地蔵様などの石造物。先人たちのどんな祈りを聞いてきたのか。そして未来の子供たちはその姿に何を感じるのか。代表的な石造物の写真とわかりやすい解説、町内にある約2,000基の一覧表や位置図のほか、石造文化財めぐりコースの例も掲載。この本を手に、石仏めぐりにお出かけください。

 

<飯島町教育委員会でお求めになれます>

飯島町歴史民俗資料館・飯島陣屋の窓口でも取り扱っています。

送本をご希望の場合は、以下へご注文ください。

〒399-3702 長野県上伊那郡飯島町飯島2489

飯島町教育委員会 生涯学習係

TEL:0265-86-5877 FAX:0265-86-5596

飯島町文化財写真集

手にとりやすい便利な解説書です。

◆第1集 西岸寺・聖徳寺 改訂版

A5判 3ページ 300円 1992年刊

 

◆第2集 白隠禅師遺墨集

A5判 35ページ 300円 1970年刊

 

◆第3集 町内の指定文化財など

A5判 31ページ 300円 1992年刊

※3冊とも写真は白黒です。

北山城跡

約800年前上沼氏が構えた城。天正10年織田勢に攻略され落城。遺骸武具一切を埋めて塚としました。

ー 外部サイトより引用 -

 

名 称:北山城跡

よみ方:キタヤマジョウシ

所在地:飯島町七久保

【問合せ先】

(財)まちづくりセンターいいじま

TEL:0265-86-6780

FAX:0265-86-5850

飯島城跡

この記事に関する
お問い合わせは

教育委員会生涯学習係
TEL:0265-86-3111
<内線620,622,632,634,635>
FAX:0265-86-5596

天竜川の河岸段丘と河川によって削られた自然の地形を巧みに利用した平山城です。

 

名 称:飯島城跡

よみ方:イイジマジョウシ

所在地:飯島町本郷

【問合せ先】

(財)まちづくりセンターいいじま

TEL:0265-86-6780

FAX:0265-86-5850

【飯島町役場】

〒399-3797長野県上伊那郡飯島町飯島2537番地(法人番号 6000020203840)

TEL:0265-86-3111(代)FAX:0265-86-4395 e-mail:soumu@town.iijima.lg.jp

開庁日:月曜日から金曜日(祝日・休日・12月29日~1月3日を除く)

開庁時間:8時30分から17時15分