町長コラム(広報紙2026年3月号掲載分)

広報いいじま未来飛行に掲載している、唐澤隆町長コラム「つなぐ」をご紹介します。
いいちゃんと町長の対談形式でのコラムです。
3月号のコラムのテーマは「町の歴史 - 其ノ参」のおはなし

今回は、合併後の昭和51年(1976年)から昭和61年(1986年)の10年間をお話しします。

はい!お願いします。

この10年間では、前回に引き続き、町長は末永さんが務め、次に早稲田さんへとつなげました。
この時期の大きな特徴は、道路整備です。中央道が出来たことで町内の交通量がとても増えました。それに伴って、広域農道の整備に着工し、最初に、県道飯島飯田線、七久保のバイパスが出来ました。
また、圃場整備にも取り組んできましたが、新町発足30周年までに、町内の95%の圃場整備が完了しました。これによって農業基盤の整備が出来ました。さらに中学校の校舎や体育館もこの時期に整備をして新しくなりました。

今の校舎はこの時期に造られたんだ!

商工業では、針ヶ平工業団地の造成も始まりました。実は町では高校の誘致を進めていましたが、途中で断念し、その跡地に針ヶ平工業団地を造成したそうです。
お陣屋まつりやさくら祭りもこの時期に始まり町民手づくりのにぎわいが造られました。近隣では、昭和病院が移転したり、町の保健センターができたりと保健医療も着実に進みました。
しかし、昭和58年(1983年)に昭和史に残る大災害「58災害」が発生しました。台風10号による豪雨で、当町でも140世帯が避難しました。
そんな困難を乗り越えて、昭和60年(1985年)には与田切公園プールオープンによって、年間6万人もの人が訪れたそうです。
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更新日:2026年03月20日