町長コラム(広報紙2025年12月号掲載分)

広報いいじま未来飛行に掲載している、唐澤隆町長コラム「つなぐ」をご紹介します。
いいちゃんと町長の対談形式でのコラムです。
12月号のコラムのテーマは「新町発足70周年-ゼロ」のおはなし

来年、我が町は新町発足70周年を迎えますので、来月1月号から、今日までの町の歩み70年分を10年毎くらいで、毎月紹介していこうと考えています。
今回は、飯島町が合併し新町が発足した昭和31年(1956年)9月30日までの歴史を紹介していきます。

お願いします!

まずは江戸時代。1677年から約190年間、幕府の直轄領として飯島には飯島陣屋が置かれていました。明治元年(1868年)に県政が布かれ、信州の3割をまとめた伊那県が置かれました。全国23県中、12番目の県となりました。京都から公家が県知事として来て治めましたが、明治2年の途中で大きな事件があり、明治4年の廃藩置県後、筑摩県に統合されました。

贋金事件だ!

そう。この当時、世の中に流通していた贋二分金問題を解決しようとした伊那県は、民の財産を守る政治をした結果、国の方針に背き、知事は処罰されてしまいました。江戸時代から明治に移り変わる混沌とした世の中で起きた事件でした。
その後、飯島村は、明治22年(1889年)に田切村や本郷村と合併し、昭和24年(1949年)には、日曽利区と合併しました。昭和29年(1954年)には町政を施行し飯島町となりました。県から町村の適正規模は7~8千人程度という方針が示され飯島は、対象外でしたが、昭和31年(1956年)2月に七久保村からの非公式の申し入れがあり、同年9月に合併しました。数か月で合併案をまとめる中で、「与田切町」という町名案も出たようです。
広報いいじま未来飛行(2025年12月号)はこちらから▼
関連リンク
この記事に関するお問い合わせ先
飯島町 総務課 文書広報係
〒399-3797 長野県上伊那郡飯島町飯島2537番地
電話番号:0265-86-3111(代)
ファクシミリ:0265-86-4395
メールフォームによるお問い合わせ






更新日:2025年12月22日